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適応ゲノミクス

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固着性の樹木では、生息環境に有利な遺伝子が選択される遺伝的な適応、これを局所適応(local adaptation)というが起こることがあります(Kawecki and Ebert 2004)。起こることがあると書いたのは、樹木の場合、しばしば花粉や種子が広範囲に飛ぶために遺伝子の交流が起こりやすく、局所適応が発達しない場合も多いこと、また、その実態を調べられていないために、よく分かっていないことが多いからです。局所適応が起こっていることを示すには、ある樹種の複数の集団相互に移植して、自生地産の方が移植個体よりもパフォーマンスが高い(これをホームサイトアドバンテージといいます;Montalvo and Ellstrand 2000)ことを示す必要があります。しかし、樹木で相互移植試験を行うには、規模が大規模・長期間となるために、なかなか実行できなかったというのが実態です。

東京大学北海道演習林では、トドマツという樹木が標高200m程度から1200m程度まで連続して生えています。この標高差に着目して、8標高産の実生を6標高域に植栽するダイナミックな標高間相互移植試験が行われました(倉橋・濱谷1981)。当時、博士課程の学生だった石塚 航くんが古いデータを掘り起こし、36年目までの経過を丁寧に解析した結果、どの標高でもホームサイトアドバンテージが成り立ち、かつ、その強さは上方への移植(つまり高標高への移植)の方が厳しいことが分かりました(Ishizuka and Goto 2012 Evol Appl)。

北海道演習林にはさらに、高標高個体と低標高個体を人工交配したF1が低標高地に試験地として植栽されています。そこで、高標高×低標高の雑種第一代で母親と父親が異なる2個体(P236とP336)を選び出し、それらを人工交配して分離集団を得ました。その後、2012年春に苗畑に播種し、フェノロジーや成長形質を測定するとともに、次世代シーケンサーを用いた遺伝子型解析を行い、QTL解析を行いました。

これまで、フェノロジーや成長形質、光合成関連の生理形質、枝の形態形質などでいくつかの有意なQTLが見つかっており、適応的遺伝子の染色体上の位置、数、効果の大きさなどが分かってきました。形質によって遺伝の効果が大きいものとそうでもないものは異なり、また、従来の予想とは異なる結果も得られています。

針葉樹のゲノムサイズは20Gbとモデル植物であるシロイヌナズナよりも数100倍大きいことが分かっています。このように巨大で複雑なゲノムを持つ生物の適応的遺伝子を解明するのは容易なことではありませんが、地球全体のエネルギーフロー、二酸化炭素の固定などの意義を考えれば、北方針葉樹の適応ゲノミクスは今後の地球温暖化を緩和するためにも重要な意義を持つと考えています。